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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1011号 判決 1987年5月28日

控訴人(附帯被控訴人)

国家公務員等共済組合連合会

右代表者理事長

戸塚岩夫

右指定代理人

大沼洋一

外一名

被控訴人(附帯控訴人)

石上勲

被控訴人(附帯控訴人)

石上きよ子

右両名訴訟代理人弁護士

森下文雄

主文

原判決中、控訴人(附帯被控訴人)敗訴部分を取り消す。

被控訴人(附帯控訴人)らの請求を棄却する。

被控訴人(附帯控訴人)らの本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)らの負担とする。

事実

一  当事者の求める裁判

1  控訴人(附帯被控訴人、以下単に控訴人という。)

(一)  控訴の趣旨

主文一、二、四項と同旨

(二)  附帯控訴の趣旨に対する答弁

主文三項と同旨

附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という。)らの負担とする。

仮執行免脱宣言

2  被控訴人ら

(一)  控訴の趣旨に対する答弁

本件控訴を棄却する。

(二)  附帯控訴の趣旨

原判決中、被控訴人ら敗訴部分を取り消す。

控訴人は、被控訴人らのそれぞれに対し、さらに各金一七〇万円とこれに対する昭和五八年六月二一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

附帯控訴費用は控訴人の負担とする。

二  主張

当事者双方の主張は、次のように訂正するほかは、原判決事実摘示のとおりである。

1  原判決二枚目裏六行目の「訴外鈴木庄吾所有」を「当時訴外鈴木もと所有」と改め、同九行目の「スレート葺」の次に「平家建」を加える。

2  同三枚目表三行目の「六八番二の宅地」の次に「一七九一・九七平方米」を加え、同六行目の「これを所有している。」を「これを所有してきたが、被告(控訴人)の主張(2)記載の事由により、昭和五九年四月一日いずれも控訴人の所有となつた。」と改める。

3  同五枚目裏六行目の「関係政令附則第三条第二項」を「関係政令の整備等に関する政令附則第三条第一項」と改める。

4  同七枚目裏三行目の「建築基準法」から五行目の「なされたので」までを「昭和四六年一月二八日浜松市建築主事から、建築基準法一八条三項の規定により、右建築計画が関係法令の規定に適合する旨の通知を受けたので、」と改める。

三  証拠<省略>

理由

一被控訴人石川勲(以下「被控訴人勲」という。)が昭和四七年三月、当時鈴木もとの所有であつた浜松市和田町字上手六八番一の宅地六九四平方米(以下「被控訴人土地」という。)の地上に、木造瓦葺二階建居宅床面積一階七四・五二平方米二階二三・一八平方米(以下「被控訴人住宅」という。)を竣工し、またその頃同地上に鉄骨スレート葺平家建工場床面積一〇三・五九平方米(以下「被控訴人工場」という。なお、被控訴人住宅と被控訴人工場を合わせて「被控訴人建物」という。)を建築完成し、以後引続いてこれらを所有していること、郵政省共済組合(以下「旧組合」という。)が被控訴人土地に南接する同所六八番二の宅地一七九一・九七平方米(以下「控訴人土地」という。)を所有し、同地上に同年四月二六日鉄筋コンクリート造陸屋根四階建共同住宅床面積各階いずれも二四〇平方米(以下「控訴人建物」という。)を竣工し、これを所有してきたが、原判決事実摘示の被告(控訴人)の主張(2)記載の事由(原判決五枚目表一〇行目の「なお」から同裏九行目の「所有となつた」まで)により、昭和五九年四月一日右土地建物とも控訴人の所有となり、今日に至つていること、被控訴人らは夫婦であつて、被控訴人住宅の新築以来これに居住し、被控訴人勲は被控訴人工場において自動車修理業を営んでいること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二<証拠>によれば、次の事実が認められる。

1  控訴人土地は南に、被控訴人土地は北に位置して互いに境を接し、控訴人建物は境界線から南へ八米余離して建てられた高さ一一・五六米(屋上の貯水タンク部分を除く。)のいわゆる中高層建築物であり、被控訴人住宅は境界線から北へ約四・八米離して建てられた二階建居宅(東半分が二階建で、西半分は平家となつている。)で、その西に八米強の間隔をおいて平家建の被控訴人工場が存在しており、これらの建物の相互の位置関係は別紙図面のとおりである。

2  被控訴人土地の地盤面(被控訴人土地の地盤面は控訴人土地のそれより約一九糎低い。)における控訴人建物による冬至日の日影の状況を図示すると、おおむね別紙図面の日影線の如くであつて、被控訴人住宅についていえば、冬至日の午前九時頃一階南面開口部の西端に影を生じ、午前一一時頃には一階の半分以上が影に入り、午後零時頃から日没時まで一階は全部日影となるが、二階は夕暮時を除いてほぼ終日日照は妨げられない。他方、被控訴人工場については、午前中から午後一時頃までは全く日影にあり、工場全部が日影から脱するのは午後三時頃以降である。

3  冬至から遠ざかるに従つて日影の状況は除々に改善され、二か月隔つた二月二三日頃及び一〇月二〇日頃の時点でみると、被控訴人住宅では午前一〇時頃一階の西端が一時僅かに日影に入るのを除き、一、二階とも日影を遮られていないし、被控訴人工場も午前一一時頃以降は日影をほぼ脱している。

三控訴人建物による被控訴人建物に対する日照妨害はこのようなものであるところ、かかる日照妨害の違法性を判断するに当たつては、控訴人建物の建築の態様(被控訴人建物の建築との先後関係、控訴人建物の建築の目的意図、その法適合性)、建物所在の地域性、日照被害の程度等を総合的に観察して、旧組合及び控訴人の土地所有者としての権利行使が社会的妥当性を欠き、これによつて生じる日照被害が被控訴人らにおいて受忍するのを相当とする程度を越えるものであると認められるかどうか、という観点から検討する必要がある。

1  <証拠>を総合すると、郵政省の関係団体である訴外日本弘信産業株式会社(以下「弘信産業」という。)は、郵政省職員宿舎建設用地を取得する目的で、鈴木もと外二名所有の浜松市和田町字上手六八番二、六九番、七〇番一、七〇番二の田合計一八四四平方米につき、昭和四四年一一月二〇日右所有者三名を譲渡人、弘信産業を譲受人として静岡県知事に対し農地法五条の規定による許可を申請し、同年一二月一八日その許可を受け、同日弘信産業は右各所有者から右四筆の土地を買受け、一たんこれを六八番二に合筆した後、昭和四五年六月一日六八番二、三、四の三筆に分筆したこと、旧組合は同年一〇月三一日弘信産業から分筆後の六八番二の土地(控訴人土地)を買受け、昭和四六年一月二八日浜松市建築主事から、右地上に建設する鉄筋コンクリート造四階建延一〇〇六・一七平方米の郵政省職員宿舎の建築計画につき「建築基準法一八条三項の規定による適合する旨の通知」を受け、同年九月八日訴外株式会社中村組を請負人として建設工事請負契約を締結し、同社はその頃建築工事に着手し、同月二九日杭打ちの後、基礎から始まつて順次上階へコンクリート打ちを進め、同年一二月二八日には四階のコンクリート打ちを施工し、昭和四七年四月二六日控訴人建物を竣工して、東海郵政局和田町二号宿舎として供用していること、他方、被控訴人勲は昭和四六年六月鈴木もとから被控訴人土地を賃借し、同年九月二三日工場につき、同年一〇月一二日住宅につき、いずれも浜松市建築主事から建築基準法六条三項の規定による建築確認を受け、同年一一月頃先ず工場の、続いて住宅の建設に着手し、昭和四七年三月中に被控人工場、同住宅ともに完成したことが認められる。

2  <証拠>によれば、控訴人土地及び被控訴人土地は浜松駅東北東約四粁に所在し、この一帯は都市計画法上の用途地域としては昭和三八年一月一五日から準工業地域(主として環境の悪化をもたらすおそれのない工業の利便を増進するために定める地域)に、昭和四八年一〇月二六日以降は工業地域(主として工業の利便を増進するために定める地域)に指定されており、現に附近には住宅に混つて日本楽器製造株式会社和田工場をはじめいくつもの工場が存在していること、浜松市では控訴人建物建築後の昭和四八年一〇月一五日から「日照等に関する建築指導要綱」に基づく規制を実施しているが、この指導要綱は、準工業地域においては高さ一五米以上又は階数六階以上の建築物についてのみ適用され、工業地域の建築物には適用がないものとされているので、仮に控訴人建物が昭和四八年一〇月以降に建築されたとしても、右指導要綱による規制の対象とはならなかつたものであることが認められる。

なお、昭和五一年法律八三号による改正後の建築基準法五六条の二の日影による中高層の建築物の高さの制限に関する規定も工業地域には適用されないので、同法施行後の建築としてみても控訴人建物は同条の制限を受けないものである。

3  原審における被控訴人石上勲、同石上きよ子各本人尋問の結果によれば、被控訴人ら方は被控訴人両名と子供二人の四人家族で、昭和四七年に同じ町内から新築の被控訴人住宅に引越して来て、爾来これに居住しているが、一一月から二月はじめにかけて一階の陽当たりが悪いため住宅の中が寒くて暗く、洗濯物の干し場に苦労するほか、被控訴人勲の持病である坐骨神経痛の痛みが加わるようになつたこと、また、被控訴人勲は被控訴人工場を自動車整備工場として従業員一人を使用して自動車修理業を営んでいるが、冬場に陽が当たらないことによる寒さも原因となつて、従業員が何人もかわつており、塗装の乾燥の能率も悪いなどの影響を受けていること、このようなことから被控訴人らは、建物完成から二年後の昭和四九年になつて旧組合に対し日照妨害についての苦情を申し入れ、以後両者の間に交渉が重ねられたが、解決に至らなかつたことが認められる。

四以上認定した諸般の事情を総合して考えるに、被控訴人住宅及び工場では控訴人建物の存在により、前記二で認定したように冬至をはさんで前後数か月間一階部分の日照が妨げられ、これによつて生活上及び営業上何かと支障を生じていることは容易に推察できるところである。しかし、控訴人建物はその建築の計画から着工に至る過程では被控訴人建物よりも常に先行してことが進められてきたのであつて、建築に関する法令上の規制にも何ら違反していないのはもとより、被控訴人建物の存在を認識した上でこれに対する日照の妨害をあえてするような設計施工をしたわけでもないことは明らかである(なお、<証拠>によると、控訴人土地は控訴人建物の南面にまだ相当の広さの余裕があるが、これは将来もう一棟建てることとなる場合の余地として残しているものと認められ、控訴人建物がこのような位置に建てられていることが妥当性を欠くとはいえない。)。したがつて、本件の場合、旧組合に遅れて建築に着手した被控訴人側において控訴人建物の建築規模についての配慮があつたならば、右のような日照被害を避ける工夫の余地は十分あつたと考えられる(被控訴人勲の供述中、旧組合が農地法五条の規定による許可申請書の中では二階建建物を建てるもののように偽つていたかの如く述べる部分は、前掲乙第四〇号証の記載に照らし措信できない。)。

また、本件においては、控訴人建物及び被控訴人建物の存在する地域が、建築当時は準工業地域であり、のちには工業地域に指定変更されているという場所的特質を逸することができない。日照は快適で健康な生活を営むに必要な生活利益ではあるけれども、その保護される程度は場所的関係によつて大いに左右されるのであり、都市計画法による準工業地域ないし工業地域においては、住居の環境の保護よりも工業の利便の増進が優先される関係上、建築基準法においても、あるいは地方自治体の建築指導要綱の上でも、居住利益の保護は相対的に低下してもやむをえないものとされ、日影規制が後退しているのであつて、この反面として、日照被害を受ける側がそれを受忍することを要求される度合は高くなるといわなければならない。

被控訴人建物における前記のような日照被害は、それが日照の恩恵を最も必要とする冬場のものであるだけに、決して軽微であるとはいえない(もつとも、住宅と工場とでは日照利益保護の必要に格段の差があるのは条理上当然である。)けれども、右に考察したような控訴人建物建築の経緯、その法適合性、本件建築場所の地域性等の諸要素に照らすと、未だ控訴人土地における控訴人建物の建築が権利者の行為として社会的妥当性を欠きこれによつて生じる日照被害が被控訴人らの側において社会生活上受忍を相当とする限度を越えたものと認められるには至らず、違法性を認めることはできないといわざるをえない。

結局控訴人の不法行為は成立せず、被控訴人らの請求は理由がない。

五以上の次第で、被控訴人らの本訴請求は失当として棄却すべきであるので、控訴人の控訴に基づき原判決中被控訴人らの請求を認容した部分を取り消し、被控訴人らの附帯控訴はこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官西山俊彦 裁判官藤井正雄 裁判官武藤冬士己)

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